2018年2月16日金曜日

イヤイヤ期が来たぞー!

朝から娘がダダコネで大変でした。


「抱っこして」というので抱っこすると「抱っこしたままあっちに行きたい」というので抱き上げて(体重16キロ!)あっちに行くと、「やっぱりこっち!」と怒り始める。

葡萄パンが食べたいというのでトースターで焼いたら「レーズンが少ない!」と激怒。

「レーズンあるから食べる?」と聞いても「違う!!」と激怒。


保育園へ連れて行かねばならないのに全ての事に対してイチャモンをつけて進まない。

「抱っこ!」と言うので仕方なく抱っこするのだが、私は大変せっかちでイライラ・・・

本当に、頭をパカーン!とはたきたくなる気持ちです。



しかし人の怒りの頂点は6秒で過ぎるらしい。
確かに。

私の大好きな久米宏のラジオのゲストが言っていたのだ。
目をつぶって6秒数えるのだ。



そして遅刻ギリギリで保育園へ行くのです。

園へ向かう車内で、落ち着いた娘に「ねえ、どうしてあんなに抱っこ抱っこで大変になるの?」と聞いてみると、「だって抱っこしてもらいたいんだもん」との答え。
確かに。


「そうだよね」としか答えられない。




そして私は、娘が3歳にしてイヤイヤ期が来た事に気がついた。

これが噂に聞くイヤイヤ期なのだ!

イヤイヤ期は、2歳のものだと思っていたが、娘は3歳半である。

しかも、スイッチは大抵『心の不安(今から保育園、とか)』または『空腹、眠気、疲れ』である。

結局、抱っこしてしまえば、その後5分以内に落ち着くというデータはとれた。
しかも、赤ちゃん扱いすれば効果抜群!


お風呂に入って嵐が起こると、「お風呂から出る!」と泣き叫び、抱き上げて出そうとすると「イヤー!!入ってるー!!」。
その押し問答をずっとやっているのだが、無視して放っておく訳にも行かない。余計酷くなるから。


娘としても、荒れ狂う自分をどうにかして欲しいようで、彼女自身も訳が分からない事を理解しているので、叱っても無意味どころか悪化してしまう。


どうやらイヤイヤ期というのは、訳の分からんダダコネをしている自分を、親が受け入れてくれるかどうかのチェックらしい。育児書に書いてあったぞ。


いやしかし、頭をパカーンとはたきたくなるのだ。
いやしかし、6秒数えねば。

今朝の新聞に、『しつけとしての体罰の容認の調査』が出ていました。
大人の56%が容認。そのうちの3割程度は、『頬を平手で叩く』ことを容認しているようだ。
それには大変驚きました。
あんなかわいいホッペタ、チューしかできないなと思います。

泣き叫ぶ娘にチューしたら、余計にものすごく怒られましたが。


そして私は考えた。なぜ『頭を叩く』のと『頬を叩く』ことが、私に取って違うのかと言う事を。
子供にとってはショックは同じかもしれないじゃあないか?
違うかもしれないが、同じかも知れない。

やっぱり頭パカーンをしないように耐えねば。
所詮三歳児なのだ。相手は三歳児なのだ。

2018年2月15日木曜日

チンアナゴ

『チンアナゴ』という魚がいます。

体を地中に埋め、顔だけ出している奇妙な魚。


娘が保育園の本で知り、すっかり好きになった様です。

「チンアナゴって、アナゴなのかな?」

「チンアナゴのチンってなんだろう?」

と私に聞いてくるがわからない。



どうやら『珍穴子』らしい。

昨夜はしげるさんが不在だったので、二人でチンアナゴをユーチューブで見たりして過ごしました。


チンアナゴ、水族館へ観に行かねば。


2018年2月14日水曜日

たぬきの東京見物

2年前、松本民芸館を訪れた際に見つけた出版物。

『たぬきの東京見物』である。

二冊買って、一冊はしげるさんのおばあちゃんに送り、もう一冊は我が家に。


これを描いたのは丸山太郎さん。松本民芸館を創館した方。
二人の娘に描いてやった絵本だそうです。
とても味のあるたぬき・・・・



内容はタイトル通り、『たぬきの東京見物』である。




しんしゅうしなののやまおくの

雪がこんこん降っている

林のなかのたぬきさん


から始まり、汽車に乗って東京へ行くも、戦争中で銀座も暗く、上野で西郷さんを見たりして、そして子供達の待っている家に帰ってくる、というお話。



これを我が家の本棚で発見した娘。
「読んで!」と頼まれて読んでやると、とても好きになったようです。

7・5・7・5・7・5 と和歌のような作りで、娘が「これはお歌みたいだね」と言っていました。



そして昨夜、これを開いた娘が、しげる氏に読んでいるのを聞いてびっくり。
「おふろはこんばん ありません でんきははやく けしなさい」などと字が読めないのにスラスラ読んでいる!!

うろ覚えで、間違いはあるが、40ページはある大著(?)を娘がスラスラ読んでいる!



子供のシナプスが羨ましい。
読んでやっている私は上の空なのに、娘はちゃんと聞いているんだな、と本当にびっくり。

私も娘に何か絵本でも描いてやろうかな、と思いました。







そういえば娘の為にネットで探して買ったら、あけてビックリ、70年前の本であった『ガリバー旅行記』。



全部カタカナですが、読み慣れると平気なものですね。
娘にせがまれて何度か読むうちに、総カタカナ絵本もスラスラ読めるようになりました。

本としても、本当に綺麗で70年前の物とは思えない。









2018年2月10日土曜日

3歳児ってラク

三歳児ってラク   と思ったが、やはりラクではない。



娘は生後3ヶ月から、眠らせるのが大変な子なのだ。
(第一子の長女って、みんな大変って聞きます)


そして今日は『本を読んでやっているうちに眠らせる作戦』を始めて、三冊読んだ所で「寝ないから!」と脱走。


再び『本を読んでやっているうちに眠らせる作戦』を始めて2時間半。

2時間半、本を読み続けてようやく「眠い・・・・」と言い始め、絵本を途中で寝たのだ。


ああ、2時間も絵本を読んでやって、私って本当に良い母親だなあ、と思いながら喉がカラカラになったので麦茶を飲む。

それにしても、昼寝を始めるのが5時過ぎだなんて。



「寝ないならそのまま起こしておけばいいじゃーん」と思ったそこの あ な た !

晩ご飯前には愚連隊になり、ご飯を食べない、風呂に入らない、歯を磨かない、風呂に入ったら服を着ない、全ての事にイチャモンをつけまくり、泣き叫び続ける恐怖の三歳児が出現するのが辛いのです。


さて、本日読んだ中の一冊。文章は魔女の宅急便の角野さん。


リスベート・ツヴェルガーというオーストリアの絵描きさんの絵が私は好きで、他にも不思議の国のアリス(娘にはまだ早いので、隠している)など持っています。

さて、この本も娘にはまだ難しいと思っているのですが、二度リクエストされ読みました。
間違って最初のページを飛ばして読み始めると「お母さん、違うよ」との指摘。
ちゃんと分かっているようだ。というか、ページをいちいち覚えているようだ。
すごいな、子供のシナプス。


私は子供に絵本を読み聞かせながら、時々他の考え事をしてしまうようで、「ハッ」と気づいたら違うページを読んでいる、と言う事がしばしばある。しかし、鋭い娘が文句を言わない所を見ると、無意識で音読できているようだ。

私の特技は、『考え事をしながらも無意識で絵本を読んでやれる』事のようだ。
良い事ではないですが。


さて、娘が途中にして寝てしまった本はこちら。

裏ページを見たら、汚い子供の字で「あゆこのほんです」との記載。
私の名前はあゆ子です。

そしてその下に父の字で「89年10月14日」。

我が家の本の半分は、私の幼い頃からのものです。
そうそう、このエロールルカインの描いているアラジンが、私はずっと欲しい。
図書館で借りるのではなくて、所有したいと思っている。

娘の4歳の誕生日か、サンタさんかしらと思っている。
だれか、余っていたらくれないかなあ。

欲しいなあ。

娘が起きる前に、晩ご飯の支度をしないとな。

図書館の近くに住みたい

「どこにでも住める」というのならば、図書館の隣に住みたい。

図書館が遠かったので、重い腰が上がらずでしたが、ようやく数ヶ月前から図書館へ行くようになりまして、私と娘の生活がより楽しくなったのです。



娘は自分で本を選ぶ楽しみや、私が買わないような本との出会いにワクワク。

「次はどんなの借りようか?」が大きな楽しみです。




私は頭が固い人間なので、基本的に正統派(?)というような絵本しか買わずで、娘は図書館で少々ナンパな絵本を読める事に喜んでいるようだ。



「今度は子泣きジジイの出てくる本が読みたい」と言うので、私はパソコンで図書館にアクセス。
『妖怪図鑑』の取り寄せ手続きをしている。


「わんぱくだんの、他の本も」と言うので、わんぱくだんの他のシリーズを取り寄せる。

これは、私が絵からして確実に購入に至らないタイプのものだが、娘は大好きなようなのでせっせとこのシリーズを取り寄せている。

自分の価値観で子供を囲ってしまう事に罪悪感があったので、本当に図書館は嬉しい。



2週間に一度通っているのだが、それでも車で30分弱の距離の図書館は行くのがそれなりに面倒である。

であるから、毎週の土日に習い事を子供にさせる親って、すごいなと思う。

図書館は「返却せねば」という義務感も働くのでなんとか行けるのだ。

できることならば、家でゆっくりしたい。








しかし去年は違ったのだ。
娘が家での遊びに飽きてしまい、極寒の公園で、震えながら娘と遊んでいたのだ。

3歳児ってラクだわあああ〜♡

2018年2月9日金曜日

ぼっけえ きょうてえ

娘と話していて、不思議に思う事があったので「幸せってなあに?」と聞いてみたら、
「びんぼうじゃないっていうこと」との答え。

そしてその意味について考えてみると、絵本の『ヘンゼルとグレーテル』の存在が大きいように思われる。


私は、娘に対して『貧乏』と言う言葉を使わない。

玄関の靴を並べない娘には「貧乏神が来るから、靴はきちんと揃えてね」とは言うが、『貧乏』単独で使う事は無い。


これこれ


で、娘は何から『貧乏』という単語を学んだかと言うと、『ヘンゼルとグレーテル』の絵本である。

考えてみると、この『ヘンゼルとグレーテル』には、子供が最も恐ろしいもの
・子供を捨てる母
・飢え
の2つが集約されている物語である。

そういえば娘も、「お母さんはたまちゃんを捨てないよね」と2日に一度聞いてくる。


私は「捨てるよ」なんて酷い事を言った事もないし、娘は『世の中に子供を捨てる親がいる』なんてことを、『ヘンゼルとグレーテル』以外で知る由もない。


そこで『びんぼう』という単語であるが、なんとも音として面白い。

『B I N B O U』である。そのインパクトある音に、娘の恐怖心に火をつけた『子供を捨てる母』と『飢え』のイメージがこびりついたようだ。

そして娘の不幸や恐怖に対するイメージは『BINBOU』という言葉で表されるのかしら、という結論に至った。



私が幼かった頃のかちかち山は、もっと残酷でした。
おばあさんは、不憫に思ったタヌキの縄をほどいてやった結果、タヌキによって『ババ汁』にされてしまう。
帰宅したおじいさんに、おばあさんに化けたタヌキが『これはタヌキ汁ですよ』とお汁を飲ませ、おじいさんが飲んだあとに「それはババ汁だ!」というくだりが確かにあった。

しかし最近の版ではそんな場面が無く、物足りなさすら感じるのだが、子供の観点に立って恐怖を考えてみると、『ババ汁事件』よりも『ヘンゼルとグレーテル』の方が遥かに身近で怖いのかもな、と思うのである。


2018年2月6日火曜日

薬局やキッチン用具売り場について

娘とスーパーに行く場合、食材を見ても娘は売り場の商品(野菜や果物)が何か分かっているので問題無いのだが、薬局やキッチン用具売り場に行くと大変である。


昨日は肉を縛る凧ヒモを買いに、キッチン用具売り場に行ったのだが、娘が興奮し『我が家の計量スプーン』と『売り場にある計量スプーン』の違い(柄の部分のデザインの違い、くっ付いているスプーンの数の違いなど)をずっと拙い言葉で話し続けてその場から動かない。

なんてかわいいのだ。「これはちょっとちがうね。うちにあるのはスプーンの所がもうちょっと小さくて、それで2つでしょ?これは3つついていて・・・・・」。

そして我が家には無いキッチン用品を見つけては、私に詳しい使い方の説明を求めるのだ。




保育園の帰りにそんな事をしているものだから、家に帰るのが遅くなる。


ちなみに、凧ヒモは100円均一の方が安いな、と思い購入に至らず。


2018年2月5日月曜日

ネゴシエーター

就寝前、娘には絵本3冊と、オマケに赤ちゃん用の短い絵本1冊を読んでいる。
(読むのに20分、30分程かかる本の場合は、それを含めて全部で2冊くらいまで)


娘としては、沢山の絵本を読んでもらいたいので、「これとこれとこれと・・・」と多くを要求するのだが、「3冊と、赤ちゃんの本を1冊!」を私は厳守しようとする。
(そもそも読むのが大変だし、寝る時間が遅くなるので)

しかし娘は食い下がり、1冊でも多くの本を読んでもらおうと交渉する。

この交渉の時間を本に当てれば、1冊分になるのでは・・・と思うのだが、ならば4冊+赤ちゃん絵本1冊にすると、それ+1冊読んでもらうためにまた交渉が始まるのだ。



そして読む本の順番を決めるのも娘である。

しかし、最初の本を読んでいる最中に、次に読んでもらう本を変更したいな、とか余計な事を考えるようで、読み途中に「ちょっと待って、次に読む本は、やっぱり『しょうたとなっとう』にしよう」とか言って私に報告する。



この子は、貧乏性だ。

間違いない。私にそっくりだ。

その瞬間を思う存分に楽しめないのだ。

そして私の父にそっくりだ。

これが、遺伝か。


納豆と言えば私の父である。

例え晩ご飯が中華料理であろうと、ビーフシチューであろうと、最後の〆に納豆ご飯を食べる父である。
先日図書館で娘が見つけた本『しょうたとなっとう』は、小泉武夫の監修である。

小泉武夫も毎日必ず納豆を食べるそうだ。そしてそれが元気の秘訣らしい。
我が父が元気なのも、納豆のおかげかもしれぬ。




この本の影響で、私は娘に「今度、ふたりで納豆でも作ってみようか〜」と言ってから気がついた。

私はビール菌を培養しているのだ。

「しまった。納豆菌一粒でビール菌を死滅させるから、やっぱり納豆はウチで作れないや。ゴメン」と娘に謝ると、「ならビー子(我が家でビール菌の事はビー子と呼んでいる)を瓶に全部詰めてから作れば良いじゃん」との返事。

確かに。しかし、納豆を食べるだけならまだしも、ビール菌をさらに危険にさらす訳には行かないので、娘には悪いが我が家で納豆を作る事は無いだろう。

2018年2月4日日曜日

ネコ娘

休日の朝、娘とたっぷり1時間遊んだあとのゆったりとした朝食。

私は新聞を読んでいた。


娘が絵本を持って来て「読んで」と言うので、
「今はお母さんの時間。新聞読んでるからあとでね」と言いました。


すると「今は親と子供の時間でしょ!」と言いながら絵本片手に私の膝に乗ってくる。


負けた。






いやしかし、可愛い事ばかりではなく、昨日は『刺身を二切れ味見したら、晩ご飯の前にお風呂に入る』という約束をしたにも関わらず、それを反故。

刺身を食べたクセに風呂には入らないと言い始めたのである。

叱る基準は、常に今の娘の知的、精神レベルに相応かどうかを見極めねばならないが、このケースに関しては『叱って然るべき』。

昨夜は私の怒声と娘の意地!

今振り返ってみると、まだ娘には早い『叱り』だったのかなと思ったが、しかし意地を張っている時点で全てを理解しているんだよな。

何度か妥協案を提示したり、押したり引いたりしてみたが、本当に意地っ張りが酷い。



滅多に買わない刺身を、節分だったので特別に買ったのだ。

家族三人で仲良く刺身を食べたかったのに、娘が意地を張り、私も折れる事はできない。


辛い。
食べ物が絡むと本当に辛い。私は美味しい物を食べる事に全てを賭けているのだ。



さて、こちらの人形。


ベルベッドの布でネコを作ろうと思いつつ、ボディだけ作って放置して、やる気をなくして娘のオモチャにしていたのだが、娘が気に入って『ジジ』と言う名前に。

「これは女の子にしたい」と言うので、人間に変更。

「顔つくって!」」と言われて顔を刺繍。

「服作って!」と言われ作り、「ズボンも。パンツもちゃんと作って」と言われてパンツもズボンも作った。

そして今度は「寒そうだからコートも!」と言われて、先日5枚作ったエプロンの残り布をはぎ合わせてコート。

しかし問題は髪の毛である。
この黒い部分を、全て刺繍で埋めねばならない。

面倒だ。極めて面倒で地道な作業だ。

ちなみに白い糸は、娘と一緒に縫ったもの。

2018年2月2日金曜日

そんな事を聞くのね

昨日、晩ご飯を食べていると娘が聞いて来た。

「どうして若いと死なないの?」



確かに動物は若いと死ぬ確率は低いが、この質問にどう答えれば良いのでしょうか。



確か『子供の疑問には、詩的に答えねばならない』って育児書に書いてあったのだ。
そして私はそれに納得しているのだ。

しかしこの質問には詩的に答えられないぞ・・・



どうすればいいのだ。

2018年2月1日木曜日

じりじり

昨夜娘が

「ねえお母さん。『お日様がジリジリ照りつける昼下がり』のアノ本てさ、夏のお話?」

と聞いて来た。


訳が分からない。『お日様がジリジリ照りつける昼下がり』なんてくだりのある本、どれだ?

さっぱりわからないので、聞いてみた。

「それって何が出てくるの?」

「イルカのやつだよぉ」


最近読んだイルカの本と言えば、娘が図書館で見つけて来たこの本だけである。



ページを開いて読んでみた。

本当だ。始まりが『お日様がジリジリ照りつける昼下がり』だ。

内容に関係のない言葉まで覚えているとは・・・・

3歳児恐るべし。



最近は、長い本を飛ばし読みすると娘にバレる。

音読しているのは私で、娘は聞いているだけなのに私よりも言葉を覚えている。


大人は粗筋を覚え、それ以外を記憶の処理で消してしまうのだろうが、子どもは違うようだ。





2018年1月31日水曜日

B

昨日、娘を保育園へお迎えに行ったついでにスーパーへ。

カゴに入れたのは娘が欲しいと言ったバナナ。そしてうどん、半額になった牡蠣。


レジにて財布を開くと300円しかなく、

「ぎょえ!すみません、お金が足りません。バナナだけ買わせて下さい」という事態であった。




娘はそれをしっかりと目撃していたのだ。




そして今朝の事。

「ねえお母さん。うちは貧乏なの?」と聞かれた。



娘にチーズを買って欲しいとねだられても、「お金がないからいつもは買えない」とは言っているものの、『びんぼう』という表現はしていない。

「貧乏ではないけど、お金持ちでもないね」と答えたのだけれど、教育として正しかったのか?

すると娘「どうしたらお金持ちになるの?」と聞いてくる。



そ・・・それは・・・・

「それはね、お金持ちになれるお仕事というのがあるんだよ」と私が言うと、

「たまちゃん、それになる!」と言うではないか。


しかし、娘の頭の中では『お金持ち=裂けるチーズが毎日買える』なのだ。
ひとつ170円、ひと月5000円を越えます。
例え私が大金持ちでも娘に毎日買い与えません!!


いやしかし、なんだか教育としてよくないぞ。

確かに安定した給料は素晴らしいがとりあえず娘に聞いてみた。

「たまちゃんは今、幸せ?それとも不幸せ?」

「しあわせ!」と即答する娘に、

「なら別にお金持ちにならくても良いんじゃない?」と言ったら、じっとなにやら考えていたようだ。



いやしかし、安定した仕事に就いてくれた方が安心だ。

そしてなれるならお金持ちになって欲しいぞ。と心の中でつぶやきました。




さて、最近の娘は「たまちゃんは大きくなったら虫博士になってロケットに乗る」と言っている。
虫も好きではないクセに、本の影響である。


先日、娘はトイレでウンチを踏ん張りながら、
「ロケットにチョウチョを持って行くんだ・・・ううっっお腹痛い・・・」
と言っていた。

そして私は疑問に思った。

無重力での蝶々や鳥の羽ばたきはどう作用するのだろう?

娘は私に日々不思議をもたらす存在である。



2018年1月29日月曜日

安物買いの銭失い

お正月、実家の母と娘とデパートへ行きました。

若者向けの洋服屋で、セーターが安くなっていました。

本当に安かった。

買ってみた。


二度着たら、すごい毛玉。

毛玉取りで取ったがみすぼらしい・・・



一方、3年前に古着屋で購入した500円のカシミヤ100%のセーターは、3年間、冬は家にいる時常時着続けているが、毛玉もちらほら。

取ればまた美しくなる。暖かい。




高ければ良いと言う訳ではありませんが、安い化繊のセーターはもう買いません。
本当にもう絶対に買わない。

若者は、毛玉も気にしないで着ているのか?

定価が高ければ、中古で探すべし。


しかしその中古も、ナウい古着屋よりも、地元のお年寄りが良く来る所が良い。
その方が古くても良い物があるのだ。しかも安い。


ちなみにここ15年程で、どんどんフリーマーケットの品物が低品質になって来ている。

だから私は最近、フリーマーケットへ行っていない。
大好きだったのに。

2018年1月24日水曜日

ウォーズマン 宇宙へ行く の巻

雪が降り始めて、お昼過ぎに慌てて娘を保育園へお迎えに行ったのが22日。
昨日23日は車も出せず娘とお休みしました。

さて、相変わらず若田宇宙飛行士の実験を見ている我々である。


今朝は保育園へ行く車の中で

「お母さん、たまちゃんにガスボンベ(酸素マスクのこと)を買って。お姉さんになって宇宙に行く時にロケットに持って行くから。たまちゃんが5歳くらいになったら買ってね」

と言われた。


そうか、娘は若干5歳にして宇宙に行ってしまうのか。




先日、夕飯中のことである。

しげる氏が娘をまじまじと見つめて「この子はウォーズマンにそっくりだ」とつぶやいた。

一体誰?ウォーズマンって誰?




と調べたらこれだった。

漫画『キン肉マン』の登場人物らしい。


ある意味では否定できない。

2018年1月22日月曜日

昨日、娘のシャツが濡れて、濡れた部分だけ濃い色に変化しました。


すると娘が「どうして濡れると色が変わるの?」とビックリした顔で聞いて来ました。



わからない。濃い色、と言う事は、光を吸収するということか?


「銀杏は、どうして臭いの?」「火は、どうして熱いの?」


本当に理系の質問には困る。私は日々こっそりとインターネットで調べ、娘に説明することを試みるが、なにせ私ですら理解できない事ばかりである。



せめて国語的な質問は、辞書を使って答えたい。

『インターネットで物事は解決する』と思わせたく無いのです。

肝心な事や専門的な事は、インターネットを駆使しても答えは出て来ませんし。




しかし、この土日、私は娘と夢中になってインターネットのユーチューブを見ていました。
「子供にユーチューブは見せたくない」と思っていたにも関わらず、私がはまってしまったのだ。


「宇宙では物が落ちないんだよ」という説明を娘にしても、それに関してイメージができないようで、繰り返し質問を受けるので、ついにネットで『無重力 映像』を検索するとあらすごい。

宇宙飛行士の若田さんの、ロケット内での様々な実験の映像がユーチューブに沢山あり、それを娘と食い入るように見てしまった。

私は、すっかり若田さんのファンになった。
 


私が好きな人は、若田さんと、細野晴臣と、清水ミチコと、ブラザートムである。

2018年1月18日木曜日

イルカ

イルカは超音波を出して会話しているから、人間には聞こえない。


という話を娘にしてやったら、「コウモリは?」と聞いて来た。


確かにコウモリは超音波を出して、周りに反響させることで自分の位置を確認している。
だから壁にぶつからずに飛べるのだ。(らしい)



どうして娘がそんなに難しい事を知っているのだ?


「どうして知っているの?」と聞きましたら、「ラジオで先生が言ってたんだよ」との答え。


年末、私が聞いていたNHKのAMラジオ『冬休み子供科学電話相談』を横でしっかりと聞いていたようだ。




そんな話をすると、なんてしっかりした三歳児なのだろうかと思うのだが、実際は違うのだ。


娘は保育園では聞き分けの良い子らしいが、家ではかなりすごい。

毎日2回ほど、10分程寝転がって泣き叫ぶことがある。

昨日はお風呂上がり、パジャマのボタンを自分で閉められずに発火。


「お母さん嫌い!!あっち行って〜!!」「抱っこして!!!あっち行って!!こっち来て!!!!」と近所の人が聞いたら通報するのでは、と思う程の絶叫だ。


気が済んだら上機嫌になり、歌まで歌い始める。

なので私は娘に聞いてみた。
「ねえ、たまちゃんが泣き叫んでいる時はさ、お母さんにどうして欲しいの?」

すると「お布団でゴロゴロしていれば良いよ」と言われた。


そうなのか・・・・このゴロツキは、一体何歳まで続くのだろうか。

2018年1月17日水曜日

チンパンジーに優越感はあるのか

私の娘は2歳の頃から、『優越感』の感情を持っていることがわかっていた。

例えば最近では彼女が持っていて嬉しいもの、保育園で作った凧や、私が買ってやった娘の好物のチーズを持って歩いている時、娘は「これを他の子が見たら、どう思うかな?」と言う。

今までは「いいなあ、って思うんじゃない?」と私は言っていたが、なんだかあまり良い事ではないのかなと思い、相槌は「他の子も作っているんじゃない?」やら「他の子もお母さんに買ってもらっているよ」と流すようにしている。


娘以外の子に関しても、例えば私が娘を保育園に送って行くと3歳児のAちゃんがわざわざ寄って来て
「たまちゃんゴメンねえ、今Bちゃんと遊んでるから、たまちゃんとは遊べないの」といやみったらしく(かわいいが!)言って来たりする。

この時点では娘も気にしていないし、Aちゃんは優位性やら優越感を楽しんでいる一方的な行為であり、私の娘も似たような事をやりまくっているだろうし。
(しかし、これが3年後であればいじめなんだな、と思う。)




何せ他者の存在を意識し始めた2歳の時点で『優越感』を持っているんだから、多くの人間に基本的に備わっている感情にちがいない。

人間は優越感を持ちたい動物なのだ。


この『優越感』の存在ってなんだろうな?と思うと、つまるところ『子孫を残すのにより優位な異性や生活を獲得して、他者に対して抱きたい感情』が公汎にわたったという感じなのだろうか。

つまり人間が『優越感を持ちたがる』事の最初の意味は、『子孫を残す上でより優位な異性や生活を獲得したいと思う競争心を、煽るため』なのかな、と思いました。

そして『劣等感』は、『優越感』から副次的に生まれた感情なのかな、と思います。



そう考えると、知能の高いチンパンジーには『優越感』という感情は存在するのかな?と気になりました。


2018年1月16日火曜日

今の日本では行儀が悪いよ

昨日の晩ご飯の最中に、娘が白菜をモグモグしながら寝転がった。

そして「たまちゃん、イタリア人みたいでしょ」と言いながら寝たまま肘を付き、モグモグしている。


一瞬、何を言っているのかがわからず、私は硬直した。




しかし次の瞬間、思い出した。


それは数ヶ月前、私が『古代ローマの貴族は寝転がって食べる』という話を娘にしたのだ。

『古代ローマ人』は娘には意味が通じないので、『昔のイタリア人』とし、さらに娘は『単なるイタリア人』と勘違いして覚えたようだ。


ちなみに娘にその話をした際、古代ローマの貴族の酒宴では、満腹になると鳥の羽で喉をつついて嘔吐し、さらに食べ続けるという話もしたが、どうやら忘れているらしい。





一昨日は、私が荷物を置くために土足で玄関に上がるのを見て、娘が「イタリア人みたいじゃん!」とビックリしていた。


娘にとってイタリア人とは一体どういうイメージなのだろうか。



そしてさらに、「イタリアって、もともといた人に『出て行けー!』って言った国だっけ?」と聞いて来た。
ネイティブアメリカンの話か?アボリジニーの話か?

もはや、私は自分が娘に話して聞かせた事すら多すぎて思い出せない。



今朝の娘は朝食のパンをかじりながら、「トランプ大統領」とつぶやいていた。

2018年1月15日月曜日

子供

子供はすごいと思う。

今ではインドアな私であるが、小学生までは外遊びが大好きで、友達と公園で走っていた。

それにトランプも大好きで、小学生の頃は「私は将来、トランプが大好きな人と結婚する!そして毎日二人でトランプをするのだ!!」と決心した記憶がある。


本当に、今はトランプやゲーム等の面倒な事が大嫌いなので、小学生までの自分は体を動かしたり考えたりして、筋肉や脳や骨を鍛えていたんだなあ、と思う。

今ではチームで何かをやることに拒絶感すら覚えるのであるが、小学生の頃はみんなでドッヂボールをやるのも楽しかったのだ。


子供は、放っておいても自分を健全な方向へ導くようにシステム化されているんだな、と思う。

娘を見ていても、本当にそう思う。




ちなみに私は1人で黙々と泳ぐ事は好きなので、運動が全て嫌いと言う訳ではない。

今日はしげるさんが遠くで仕事をしているので、私は1人の昼ご飯である。
たぶん、インスタントラーメンを食べる。

2018年1月12日金曜日

おこげ

おマメのスープを作っていたのだが、娘の世話でバタバタしていて焦がしてしまい、
おコゲのスープになった。

娘に食べさせると「なんかこれ、変な味だから嫌」。そうだよな。

確かにコゲの味だ。


勿体ない。どうしよう。自分1人で食べるかな、と思いつつ、しげる氏にも食べさせてみて、
大丈夫なら大人二人で食べよう。

そもそも私は、スープを作る際は6人前ほど一気に作り、翌日も食べるのが常である。

6人分焦げスープができてしまうと、消費にかなり時間を要する。


しげる氏に食べさせてみると「うーん、これは香ばしいとも言えるのでは?」と言いつつ食べてくれたのだが、それは優しさか、それとも本当に香ばしいと思ってくれているのか。

私がしげる氏であれば「これは美味しく無いが、勿体ないから僕も食べるよ」と言うだろう。しかし、相手が私であれば軽くショックを受けつつも「だよねー、協力して!」と返すが、人によっては「美味しくないなら食べなくてケッコウ!!」とカドが立つのかもしれない。


他人の心は、本当にわからんものだ。

そしてわからない方が良い事も沢山あるな、と思う。

そして私は平均的な人間よりも、他人の心の動きがわからない人間であるとの自覚はある。

子供の心の動きはよくわかるんだけどなあ。




他人である時点で、味覚や表現方法に差異があるので、しげる氏の「香ばしいとも言える」という発言の真意は一体何処に・・・

つまりおコゲのスープは、私に取って『香ばしい』よりも明らかに『焦げ臭い』のであるのだった。であるから、しげる氏の『香ばしい』発言は優しさに違いない、と思うのではあるが、しげる氏は味覚に関してウソはあまり言わないので、なんだか腑に落ちない。



今宵もまた、あの焦げスープが待っている。


昼ご飯で食べてしまおうと思っていたが、ひょんなことから街へ用事ができ、しげる氏と中華定食をいただいてしまったのだ。

2018年1月11日木曜日

難しい

娘が保育園で、少しお尻が痛かったようだ。

お昼寝の前に娘が、「先生、お尻が痛い。お母さんに伝えておいて」
と先生に言ったらしい。

通常、先生から保護者に連絡事項がある場合、『連絡事項があります』と書かれた大きなカードを各児童用に設けられた連絡ポケットに先生が差し入れるのである。


昼寝から覚めた娘は連絡ポケットをチェックした上で、
「先生、連絡カードが入ってないよ」と注意したらしい。



なんて細かい子供なのだ!
この遺伝はしげるさんではない。私だ。しかし、私もそんなに細かく無いぞ。





さて昨日読んだ『つるの恩がえし』である。




最後のシーン、おばあさんとおじいさんに機を織る姿を見られ、「本当の姿を見られては、もう一緒に住めません、さようなら」。


3歳の娘には、同時に『娘』と『鶴』が描かれているので、この絵本の『娘』と『鶴』は別の登場人物であるとしか考えられないようで、昨夜は布団の中で延々とこの説明を繰り返していた。

「でもここに、娘と鶴が一緒にいるんだから、娘が鶴なわけではないよ」と娘が言い張るのである。

細かいなあ・・・
うーん、そういう理解でもまあ良いのかなと思えてくる。
いくらあがいても、本は結局の所、読者が恣意的に理解するものであって、その恣意性の程度の問題なのである。
その程度を誰が規定するかなんて決まってはいないし、ましてや私が娘の考えを『正す』なんて偉そうな事をすべきではないのだ。たぶん。

と逡巡、一番適当な「そうか、たまちゃんはそう考えるのか!」ととりあえず感嘆しておくのである。





絵本において3歳児でもまだ理解が難しいのは『登場人物の過去の回想シーン』や『登場人物の頭の中の想像の描写』『幾つかの時差のある場面が同時に描かれている描写』である。
時系列であれば登場人物が1冊の絵本の中で、幼少から大人になったとしても理解できるのだ。


多くの子供向けの優れた絵本は、その辺がきっちしりしているのがほとんどである。
(例外は多々あり。この鶴のおんがえしも例外)


この講談社の絵本シリーズは、30年程前のもので、これまた素晴らしい本である。

なにより文章が分かり易い。

監修に小磯良平なのだ。すごいのだが、絶版だし入手困難な作品が多いのだ。




2018年1月10日水曜日

三歳児の溜め息

ノートをひろげ、鉛筆を持つ娘が溜め息をついた。

「どうしたの?」と聞きましたら、「お母さんは、どうやって数字を書いているの?」と言うではないか!!!

ノートを見てみると


ん??



ずごいではないか。0と1の羅列!!二進法だ!!


3歳にして二進法を駆使する私の娘は天才である。たぶん。

「ゼロとイチを書いているじゃん!君は天才だ!」と言っておいた。

2018年1月6日土曜日

2017年12月26日火曜日

ウクレレの師

時々お邪魔しているご家庭の、小学生の娘さんがウクレレを弾く。

私はそれに憧れて、そんな話をしたら、別の知人がウクレレを貸してくれた。
私はウクレレの練習をする事にしたのだ。


しかし、超初心者用の楽譜を見ても、意味が分からない。

悶々としていた。



そして二日前のこと。

またもやご家庭にお邪魔して、その小学生女子にウクレレを教えてもらったのだ。



なんということだ!先ほどの昼休みに私は、『ふるさと』と『きらきら星』が弾けた。
楽譜も読める!

す・・・すごいぞ、あの先生は!!

今度お邪魔するときは、私のウクレレ(借りているヤツ)を持って行こう。


そして小学生の彼女の弾き語りはすごい。声が良い。歌もきれい、もっと聞きたいのだが、なかなか聞かせてくれない。


30歳を超えて楽器を手にするとは思っていなかったが、人生何があるかわからないものだ。


私は超絶なる音痴であるが、自分の歌っている歌の音程がズレている事は認識できている。と友人に話すと、音大出の友人いわく、「それは音痴とは言わない」とのこと。
まじかいな!期待しちゃうぞ♡

そしてすごいぞ、ギターに合わせて歌ってみたら、音程がズレない。





音痴に 一筋の光がさした 瞬間であった。

2017年12月21日木曜日

禁じられた遊び

先日、庭にレジャーシートを敷き、外でお茶をしていた娘。
(お茶は麦茶。お菓子は単なるお麩と硬い昆布である)

「ねぇお母さん!積み木を外でやりたいんだけど」というので積み木を渡すと、何やら四角い塔を作り始めた。

「それなあに?」とたずねると「たまちゃんのお墓を作っているの」と言うではないか。



シュールだ。

しげる氏に言うと「しっかりしてるな。今から自分の墓を作るなんて」との事。
そういう問題なのか?

とりあえず「お母さんとお父さんとたまちゃんのお墓なら作っても良いけど、お友達のはダメよ」と言っておいた。

2017年12月18日月曜日

汚いお母さん

私は、ほとんど化粧をしないのだが、先日はたまたま朝から出かける事があり、娘が生まれてから『初めて』平日の朝から化粧をした。

娘はただならぬ事態だと思ったらしく、だんだんと不安な顔つきになりまして、
支度が終わったので「さ、保育園へ行きますよ〜」と言いましたら泣き出して、
「うえ〜〜ん、汚いお母さんのまんまでいて〜〜!!」と泣き叫び、家から出ようとしない。

「お化粧取って!!汚くして!!」

複雑な気持ちだ。



2017年12月13日水曜日

15年後に答えが出る。

先日、『フランスのエルビス、ジョニーアリディが死去』というニュースをネットで見つけた。



私は高校生の頃、このおじさんの写真と歌声だけは知っていて、このおじさんは誰だろうと思っていた。

どうやら有名なフランス人だと言う事は知っていたので、最寄りの駅のNOVAのフランス人講師に聞いてみようと思ってNOVAまで行ったのだが、結局フランス人は不在であった。その後興味も忘れて今日に至る。


そうか、名前はジョニーアリディさんだったのか。




昨日は、久々にキューバのジャズピアニストのロベルトフォンセカが聞きたくなり、しげるさんの職場に置きっぱなしであったことを思い出す。

用事のついでにフォンセカの4枚程のアルバムを手に持って、車で早速聞いたらやはり素晴らしい。

本当に素晴らしい。

一枚目、聞き始めたアルバムが『YO』というアルバム。

日本へもライブに来ているのだがタイミングが毎回合わなくて行った事が無い。

数曲目に入っていた曲で、少し考えた。
アルバムの裏を見てやっぱりな。参加しているアラビア音楽の歌手の名前が『Faudel』という人です。
彼が参加している事に今まで気づかなかったことは無いだろうから、私は物事をすぐ忘れるので単に忘れていただけだろう。




Faudelという歌手は、アラビア系移民のフランスで活躍する歌手です。(アルジェリアからの移民だとおもう)
フランスにはアラビア系の移民が多く、『ライ』というジャンルのアラビアポップが盛んです。

Faudelさんはライミュージックの王子様のような感じです。
そして私は久々にライが聞きたくなった。
以下の映像はロックよりのラシッド・タハ、おじさんのシェブ・ハレドというライで有名なミュージシャン三人が集まってコンサートをやっている模様。
私は三枚組のこのライブアルバムを持っていて、この曲をすり切れる程聞きました。(CDなのでなかなかすりきれないよ)
ラシッドタハは、私が高校生の頃にもの凄くブームで、何度か来日している。



この他、スティングとも一緒に曲を出しているシェブ・マミという有名なライの歌手もいます。

先日、新聞に細野晴臣のインタビューがあって、「ライが好きだった」と載っていた。
その他、サラーム上海という芸名の、アラビア音楽好きのおじさんのやっているラジオ番組が、何かで賞を取ったらしいとか、色々ライの時代だ。
再びライの波が来ている。

私の中でだけかもしれないが。

難点は、単語がひとつたりとも聞き取れないと言う事である。

2017年12月12日火曜日

アフロ・モリ について

娘が、本で見つけた宮崎駿の顔写真を見て、
「この人は、アフロ・モリっていう人。マンガを書いているんだよ」
と言った。

よくわからないけれど、アフロ・モリってセンス良いな思う。
カズオ・イシグロもビックリ。

私がペンネームを作るとしたら、アフロ・モリにしたい。




今朝保育園へ行くと、エリ先生が来て

「たまちゃんったら、昨日『たまちゃん、エリ先生がいないと生きて行けない!』って言ったんです。どこで覚えたんですかねえ、そんな言葉!」と笑っておっしゃった。





私である。私がたぶん言っているのだ。

「たぶん、私ですね」と苦笑したが、たぶんではなくて、絶対だな。

2017年12月11日月曜日

文語的だ

娘の言葉がしばしば文語的である。

今朝は

「あの森の向こうには、何があるの?」と聞かれたので

「腐海(ふかい:ナウシカに出てくる毒の森)かな?」と私が答えると

「なら、マスクをつけなければならないということ?」と言う娘。


マスクをつけなければ ならないということ 。とたどたどしく言う三歳児って可愛い。



宮崎駿の、80年代に出たマンガがあるのですが、娘がこれに夢中です。
30分近くかけて読んでやります。



まさか私も、人にマンガを読んでやることがあるとは。

声を出してマンガを読んでやるというシュールな事態である。

2017年12月6日水曜日

忘却力

娘が二歳の頃は、一寸法師の歌を4番まで全て歌えていた。

つまり、2、3ヶ月前までバッチリだったのだ。


先日娘が、「そういえばたまちゃん、最近一寸法師の歌、歌ってないねえ」と突然言い出し、1人で歌い出したがほとんど忘れていて歌えない。


子供は記憶力もすごいが、忘却力もすごい事が判明した。



ちなみに、私は覚えている。

というのも、一寸法師の歌は起承転結でできているので、物語を追って考えれば大人には覚え易いし、考えれば次が浮かぶのである。

2017年12月5日火曜日

オオカミ少年

娘がオオカミ少年の話をして欲しいとせがむので、私のうろ覚えの話をしてやった。


少年は「オオカミが来たぞー」と村人達になんどもウソをつき、最後に本当に来た時には誰も少年を信じず、オオカミは村中の羊を全部食べてしまった、というお話。

「そして、羊は一匹も居なくなってしまいました」と私がしめると、
「その一匹はどうして食べなかったの?」と聞いてくる。

「一匹も居なくなったんだよ」というと、「だからその1匹はどうして残ったの?」。


何かが変だ。


どうやら娘は、「1匹も居なくなった」という表現を間違って理解しているようだ。

一通り説明して1週間後、娘と魚を見る機会があった。

私は数匹見て、娘は1匹見たのだが、

「たまちゃん、お魚を1匹も見れなかった」と得意げ。



どうやら混乱しているようだ。

「1匹 しか 見られなかった」
「1匹 も  見られなかった」

で混乱しているようだ。

すごいぞ、日本語。 しか と も だけで、意味が全然違うんだ!と今更ながらへ〜と思う。

子供は本当に面白い。


昨夜、娘を見たら奇行に走っていた。


パン焼き機をセットしたら、パンを捏ねてくれるのだが、その様子をこっそり伺うのが好きなようだ。




こちらの絵本。

娘の大好きなピーターラビットシリーズのお話のひとつです。
この『ひげのサムエル』はネズミの大男で、子猫のトムに練り粉をたっぷりと付けて、焼いて食べようとします。

練り粉、とはパンを捏ねて、発酵させる前〜焼くまでの状態。

つまり、パン焼き機の中では練り粉を作っているのだ。


ピーターラビットの絵本には暮らしの基本が描かれているので、娘は実生活でポターの世界を活用して色々な事を学んでいます。

それにしても、私は幼少期、ピーターラビットの絵本は小難しくて嫌いだったので、これを好む娘を尊敬している。




それにしても、絵本の文章の美しさなんて、子供が生まれるまで気にもした事が無かったが、文章のヘタな絵本は読んでいてストレスがかなりすごい。不快なのだ。

外国の絵本の翻訳では、絵は素晴らしいのに文章が酷い事がままあり、それが切ない。

いしいももこさんの文章は間違いないので、ピーターラビットは小難しいが読んでいてとても楽しい。

2017年12月3日日曜日

紅葉、ソウゴウ綺麗だね

娘が先日、
「たとえば我々の車がさ、・・・」という話をし始めた。

『我々』を使う3歳児のシュールな可愛さは激烈であったが、「我々って使っている!」と私がしげる氏に報告した事により、娘が『我々』を使うのに照れてしまい、以降は『私たち』を使っているようだ。


基本的に娘の一人称は「たまちゃん」なのではあるが、「たまちゃんたち」という使い方はまだ難しいようで、私がよく使う『我々』や『私たち』が『we』という意味なんだな、と理解しているようだ。




先日娘が「総合病院のソウゴウってどういう意味?」と聞いて来たので、説明をした。

数日後、山の紅葉を見た娘が「お母さん、紅葉、ソウゴウ綺麗だね」と言うではないか。

確かに色々な色で、総合的に綺麗だ。

しかし何かが違うぞ・・・


娘に単語の意味を聞かれた際、私は単語自体の意味を説明した上で、その単語を用いた例文を沢山作って聞かせます。
それも面白い内容の例文にします。人間は感情と直結させると記憶力が上がると聞きますし、娘がその例文を「面白い!」と思うことによって言葉を覚えるのです。と思っているので。


しかし、『総合』は、それを用いた、娘も理解できる例文が全然浮かばず、それはテキトウに流してしまった単語であったのだ。今の所、私の娘に対する手抜き部分を、娘の言葉が如実に示してくれるので、私は日々反省の嵐である。
学校の先生ってこんな感じなのでしょうか。


しかし「紅葉、ソウゴウ綺麗だね」もなかなか面白いのでまあいいかな。




今朝、ヘンゼルとグレーテルの絵本を読んでやっていた所、「ヘンゼルとグレーテルは、日本人なの?」と聞いてくる。
「いや、ドイツ人だよ、たぶん」と答えると、「でも日本の言葉をしゃべっているよ」との指摘だ。

我々の読んでいたヘンゼルとグレーテルは、アメリカ人の書いたグリム童話だったので、「これはもともとドイツのお話だけど、アメリカ人のおばさんがこの絵を描いたのを、日本人のおばさんが日本語に書き換えたの」と説明しながら、私はなんで3歳児にこんな複雑な事を説明しているんだろう、と思ったのだ。
絶対に理解はしていないが、世の中には理解できない事が沢山あるということを彼女は知るだろう。




娘と「しあわせな王子」の本を読んでいると、色々聞いてくるので「王子様はとても優しいからコレコレこうするんだよ」と説明すると、「どうして王子様は優しいの?」と聞いてくる。


私が教えて欲しい・・・

2017年11月24日金曜日

昨日の時々

昨夜、娘が正しく『時々』という単語を使っていた。


どのように使っていたのかは忘れた。

なぜなら私は、酔っぱらっていたからである。


正しく『時々』を使う娘を見るのが、少し寂しい。



一昨日娘が、
「ねえお母さん、ナントカクリミノル ってなんだっけ?」
と聞いてくる。

相変わらず難しい質問をしてくる子だ。

悩んだ。


わかった。

マイケルジャクソンの曲『スムースクリミナル』のことだ。

フフフ

2017年11月22日水曜日

寒い

部屋で仕事をしていても寒いので、暖房を付けた。


しかし寒い。

お昼ご飯を作るために立ち上がって気がついた。

和室の窓が全開で、仕事部屋に寒い空気が流れて来ていたのだ。

結露が酷かったので空けておいたのだ。



最近娘が「人間はどうして動くの?」と度々聞いてくる。

なんて難しい事を聞いてくるのだ。





娘は、『最近』の事を『時々』と言う。

「時々、この本読んでないねえ」と。

可愛いので、ここ半年ずっと黙っていたが、昨日はついに

「『時々』じゃなくて『最近』だね!」と指摘してみた。


さて、次回、直っているのか否か。

2017年11月21日火曜日

見栄

見栄は大事だな、と思います。

昨日は滋賀へ行ってしまった友人が夜に遊びに来る(お酒を呑みに)ので、時間が無いけれど家の掃除をしました。

掃除をするだけでとても気持ちいいのですが、忙しいと掃除は後回しになってしまうので。

ある程度、見栄は大事だなと思います。





昨夕、保育園へ娘をお迎えに行ったついでにスーパーへ。

しげる氏は毎昼ご飯を食べに帰宅するので、生ラーメンは重宝します。


しかし、生ラーメンも美味しいのは結構高い。(2食で400円とか)
しかし美味しいのが食べたいな。

賞味期限間近だと30%OFFになっているので、
私は高い物が30%OFFになっているの『しか』買わない。


娘「お母さん、何探しているの?」

私「うーん、ラーメンが安くなっていないか見ているの」

娘「りえちゃんにもらったヤツ、まだいっぱいあったよ」


確かに!
友人りえちゃんの結婚パーディーで引き当てた、『全国うまいラーメン12食セット』がまだ家にあった!!


なぜ私の娘なのに、こんなにしっかりしているのだろう。
生まれる場所を間違えて来た娘かもしれない。


そういえば、今日の朝も保育園で娘に怒られたな。
「お母さん、今度はコップと歯ブラシ忘れたの?忘れん坊だなあ」。


この調子でしっかり育ってほしい。
そして母を見限らないで欲しい。


それにしても、家の食料事情を主婦の私よりも把握している三歳児、恐るべし。




先週は、娘にねだられてカマボコを買った。
カマボコは、娘の(私もだけど)大好物である。

そして土曜日。お昼のラーメンにカマボコをのせて出した所、娘がひと言。

「ラーメンにカマボコって、最高だね!」。

大人になったなあと思います。


娘は毎日、お皿に
・とろろこんぶ
・かつお節
・お麩
・昆布
をのせて食べている。
そして好物は海苔やカマボコである。

私と好みが全く同じなのが、本当に不思議だ。


お鍋のあとに、残った昆布は娘と私の取り合いである。

2017年11月20日月曜日

なぜだ

「台所に置くタオル、新しいの一枚持って来て〜!」

と娘に頼んだら、

「お母さん 置く タオルじゃなくて、 かける タオルでしょ」。


と言いながら、タオルを持って来てくれた。



「早く、自分で着るズボン持って来て!」

と娘に言うと

「ズボンは 着る じゃなくて、はく でしょ」。

と言いながらズボンを持ってくる。




そして最近娘が、「もしくは」を多用している。
「もちくは」なのが、本当に可愛いゼ。



今朝は「あのね、お母さんにひとつ、お知らせがあるの」と何か変な事を打ち明けられた。
「お知らせ」は「秘密の告白」の事だと思っているらしい。
ちなみに打ち明けられた事は、鼻の穴からピンクの象が出て来たとか、そんな事だったと思う。


娘のここ数日の娘の悩みは、「なんでウンチはお尻から出るの?」である。

鼻から出たら臭いでしょ、と私が答えると「目から出たら?耳から出たら?肘から出たら?」とあらゆる想定でどこからウンチが出るとどうなるか、を二人で検討している。


昨日は、「どうすれば、雲に乗って、雲を食べられるの?」という真剣な相談をされた。

「・・・実は、雲には乗る事ができないんだ。あれはうどんの湯気と同じなの」
と説明をしたが、
「でも、モモちゃんは雲に乗って食べていたよ」
そうか。娘は『小さいモモちゃん』のお話を現実だと思っているのだ。



実はあれは本当ではないんだ と説明するのも無粋だし、仕方ないので二人で雲にどうやったら乗ることができるのか、の検討会を開いた。

休みの日はいつも、そんな感じである。




昨日もナウシカを娘と見た。途中、トルメキア兵との戦いの場面で、少しテクノ調の音楽が流れた所で「なんだかマイケルジャクソンのに似ているね」との指摘。
80年代の音に敏感な娘である。


そういえば、先日マイケルジャクソンのCDをCDラックで探しているときにプリンスのアルバムが出て来た。90年代最後のアルバム。
本日は朝から車内でプリンスである。


高校生の頃に買ったアルバムで、購入以来あまり聞いていなかったもの。
時間が経つのが本当に早い。もう17年前です。
なかなか良くて、しばらく車で聞こうと思いました。


2017年11月17日金曜日

ナウシカとマイケル

風の谷のナウシカとマイケルジャクソン。

共通点がある事に気づいた。



ジブリ作品に数多く音楽を提供している久石譲であるが、彼はマイケルのプロデュースをしているアメリカのミュージシャン、クインシー・ジョーンズから名前を取っているのだ。

くいんしい じょおんず → くいいし じょう 久石譲



なんだか良かった。



2017年11月16日木曜日

結露のカラクリ

寒くなり、窓の結露を見た娘が、「どうして水が出るの?」と聞いてくるので、「外が寒くて、家の中が温かいと、結露が出るんだよね」と答えると、「どうして?」と聞いてくる。


どうしてだ?
調べても、私の頭ではイマイチ理解ができない。
しかも娘にそれを説明できない。


「失礼と迷惑は、どう違うの?」とか「確認と相談はどう違うの?」とか、そういう事ならすぐ答えられたのだが、理系の質問には困る。

しかし、「どうして『あかいろ』には『あ』が付くの?」という質問も難しすぎる。

将来歴史言語学でも勉強して、『あ』の歴史について研究してくれたまえ。


娘が「バウムクーヘンは英語だよ」というので、「それはドイツ語だよ」と訂正できた事が、もはや私の唯一のホコリである。いや、誇り。



そういえば私は小学生の頃、初めて『結露』という単語を知った。

当時住んでいた団地の窓の結露を、母が上の兄に「結露拭いてくれる?」と頼んでいたのに遭遇したのだ。

その時私は、「けつろ」と言う言葉はロシア語だと信じた。

そして日本語だと知った時の、あの気持ち悪い感じ。
時々思い出すのだが、本当に、何故『ケツロが日本語だなんて、なんて気持ち悪いんだろう』と思ったのか、謎である。

結露は日本語である。それは間違いない。

2017年11月15日水曜日

メダカ

我が家にはメダカが2匹おる。

最初は20匹か30匹もらったのだが、次々と死に(なぜ?)2匹はここ数ヶ月元気である。


しかし、1匹の稚魚が空気のポンプの中に入り込む。

入り込んでいるのを発見しては、水槽に手を突っ込んで、ポンプを分解して救出するのだが、それが昨日は3度もあった。

いい加減にして欲しい。



とりあえず、ポンプの入り口と思しき箇所にスポンジをはめたら、それからは入り込んでいない。

変わった趣味のメダカだ。



それにしても、私がブログを頻繁に更新している時期と言うのは、確実に忙しくて現実逃避をしている時期なのです。


とりあえず、マイケルジャクソンをユーチューブで見ながら洗濯物を干します。

2017年11月13日月曜日

マイケルとナウシカ

マイケルジャクソンとナウシカで、今の私の頭はいっぱいだ。

ナウシカのマンガは、図書館にあるようなので仕方が無い、時間がかかるが娘と通うことにしました。

マイケルジャクソンは、私は一枚だけアルバムを持っています。
CDラックのどこにあるのか分からず、ようやく見つけました。
(CDラックの整理をせねば、と思いついに4年も経ちました)




先週末から家では料理や娘と遊ぶ時はマイケルをかけている。

洗濯物を干すときは、パソコンでユーチューブマイケル。

マイケル!マイケル!マイケル!!!